最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1399号 判決 1978年9月07日
上告人
小田百合子
右訴訟代理人
七尾良治
外二名
被上告人
中西福実
同
中西トヨ
右両名訴訟代理人
吉田朝彦
主文
原判決中被上告人らの本訴請求を認容した部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人七尾良治、同吉野庄三、同金子利夫の上告理由について
原審の適法に確定したところによれば、(1) 被上告人中西福実は昭和四八年三月五日訴外(一審被告)宋成昊に対し被上告人ら共有の本件土地を賃貸した、(2) 宋は本件土地上に本件建物を所有していたが、同年一〇月二二日右建物をその敷地の賃借権とともに上告人に譲渡した、(3) 被上告人中西福実は昭和四九年二月二六日宋に対し賃借権の無断譲渡を理由に到達後一週間以内に原状に回復しない場合には本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その結果、同年三月六日本件賃貸借契約は解除により終了した、(4) 宋は昭和四九年一二月分までの賃料の弁済供託をしたが、被上告人中西福実は昭和五〇年一二月四日、宋の代理人に対し、同年一月分以降の賃料不払を理由に催告なしに重ねて本件賃貸借契約解除の意思表示をした、(5) 上告人は昭和五一年六月二四日被上告人らに対し借地法一〇条による建物買取請求権を行使した、というのである。原審は、右のような事実を前提として、本件賃貸借契約は賃借権の無断譲渡を理由とする解除により昭和四九年三月六日終了したのであるが、他方昭和五〇年一月分以降の賃料の支払のないことを理由に建物買取請求権行使前である同年一二月四日賃料不払を理由とする解除により消滅すべき関係にあつたとし、このような場合には、現実には賃借権の無断譲渡を理由として解除されたものであつても、賃料不払による解除の場合と同視し、建物買取請求権の行使は許されないと判断した。
ところで、第三者が賃借土地の上に存する建物の所有権を取得した場合において、賃貸人が賃借権の譲渡を承諾しない間に賃貸借契約が賃料不払を理由に解除されたときは、借地法一〇条に基づく第三者の建物買取請求権は、これによつて消滅するが(最高裁昭和三二年(オ)第二六〇号同三三年四月八日第三小法廷判決・民集一二巻五号六八九頁参照)、賃料の不払はなく、賃貸借契約が賃借権の無断讓渡を理由として解除されたときは、賃貸人はそれ以後の賃料を請求することができず、その後に賃料相当損害金の不払が生じても、もはやこれを賃料の不払と同視して賃貸借契約を解除する余地はないのであるから、たとえその不払を理由とする解除の意思表示がされたとしても、これによつて建物買取請求権が消滅することはないと解するのが相当である。
しかるに、原判決は、前記認定事実から建物買取請求権の行使は許されないとし、被上告人らの本訴請求を認容しているのであつて、原判決の右判断は法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法があるものというべく、その違法は原判決中被上告人らの本訴請求を認容した部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決中右の部分を破棄し、建物買取請求権の行使につきさらに審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)
上告代理人七尾良治、同吉野庄三、同金子利夫の上告理由
借地法第一〇条の建物買取請求権の行使につき原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、かつ判決に理由不備・理由齟齬がある。
一、原判決は、「被上告人中西福実(以下福実という)と訴外宋との間の第一審判決添付の別紙目録(一)1記載の土地(以下本件土地という)の賃貸借は賃借権の無断譲渡を理由とする解除により昭和四九年三月六日終了した」と認定し、上告人の建物買取請求権の行使に対し、「借地法第一〇条による建物買取請求権の行使については、買取請求権行使の建物譲受後買取請求権行使までの間に賃借権が消滅した場合、その消滅が無断転貸または譲渡を理由とするときは、原則として買取請求権の行使を認容すべきである」としながらも、「賃借人の契約違反的行為(とくに賃料不払)を理由とする解除によるときは、たとえ、行使者の建物取得後に解除がなされた場合であつても、買取請求の効力を否定するのが正義衡平の理念に合致するものというべきである」とし、「被上告人福実において、訴外宋が昭和四九年一二月分までの賃料の弁済供託をしているが、その後の賃料の支払も供託もないことを理由に、昭和五〇年一二月四日原審における本件口頭弁論期日において予備的主張として契約解除の意思表示をした」即ち昭和五〇年一月からの賃料を支払わないことが右契約違反的行為を理由とする解除にあたるとし、このような場合には「本件賃貸借は昭和四九年三月六日賃借権の無断譲渡を理由として解除されなかつたとしても、上告人が買取請求をなした昭和五一年六月二四日以前である同五〇年一二月四日賃料不払を理由とする解除により消滅すべき関係にあつたものということができる。」から「現実には賃借権の無断譲渡を理由として解除されたものであつても、賃料不払による解除の場合と同視」し、買取請求権の行使は許されない」として、上告人の建物買取請求権の行使は認められないとしたのである(「 」は原判決文どおりであることを示す)。
二、しかし、訴外宋、被上告人福実間の本件土地の賃貸借契約は、訴外宋から上告人への賃借権の無断譲渡を理由とする解除により昭和四九年三月六日終了したのであるから同日以後において賃料債務が発生しないことは明らかである。そして訴外宋は昭和四八年八月分までの賃料を支払い、同年九月分から右解除により賃料債務が発生しなくなつた後である昭和四九年一二月分までの賃料を弁済供託したのである。右支払については原判決の認定するところであり、右弁済供託については被上告人らの自認するところである。
そうすると、上告人が訴外宋から本件土地の賃借権の譲渡を受けた時点ではもちろん、無断譲渡を理由とする右解除により賃貸借契約の終了した時点においても賃料不払はなく、そして右契約終了後には賃料債務は発生しないのであるから訴外宋には賃料不払という債務不履行がないこととなること明らかである。
したがつて宋に賃料不払がないのに、これをあるとし、本件土地の賃貸借契約は昭和五〇年一月分以後の賃料不払を理由とする被上告人の解除により消滅するはずがないのに、これを消滅すべき関係にあつたとして上告人の建物買取請求権の行使を認めなかつた原判決は借地法第一〇条に違背し、これが判決に影響を及ぼすものであること明らかであり、また判決に理由不備、理由齟齬のあること明らかである。
三、原判決は、本件土地の賃貸借契約が昭和五〇年一月分以後の賃料の支払がないので賃料不払を理由とする解除により消滅すべき関係にあつたというのであるが、これによれば右契約が賃借権の無断譲渡を理由とする解除により終了した昭和四九年三月六日から約一〇月を経過した後でも賃料債務は発生するということになる。そうすると原判決は借地法第一〇条との関係では賃貸借契約終了後も賃料債務が発生するとするもののようである。
しかし、借地法第一〇条との関係でも契約終了後に賃料債務が発生するなどと解する理由は全くないので原判決は借地法第一〇条に違背するものである。